1972年9月25日、田中角栄日本國(guó)総理大臣が訪中。29日、中日両國(guó)政府は共同聲明を発表し、中日國(guó)交正?;蛐预筏俊?/p>
1978年8月、中日両國(guó)は『中日平和友好條約』に調(diào)印。同年10月、鄧小平國(guó)務(wù)院副総理が日本を訪問した。
1998年11月、江沢民中國(guó)國(guó)家主席が日本を訪問。これは中國(guó)の國(guó)家元首の初の日本訪問だった。中日雙方は『平和と発展のための友好協(xié)力パートナーシップの構(gòu)築に関する日中共同宣言』に調(diào)印した。
2005年4月、胡錦濤中國(guó)國(guó)家主席はジャカルタで開催されたアジア?アフリカ?サミット會(huì)議に出席した際、小泉純一郎日本國(guó)総理大臣と會(huì)見し、中日関係を改善する五つの主張を打ち出した。
當(dāng)時(shí)、日本の小泉首相は、アジア?アフリカ會(huì)議での中日首脳會(huì)談や戦後60周年の聲明で日本の侵略歴史に対する深い反省と謝罪を改めて強(qiáng)調(diào)した一方で、A級(jí)戦犯が祭られている靖國(guó)神社の參拝を繰り返した。それにより、中日両國(guó)の首脳の相互訪問は中斷し、中日関係が行き詰った。
2006年10月、安倍晉三首相が中國(guó)を訪問し、胡錦濤國(guó)家主席、溫家寶総理とそれぞれ會(huì)談した。安部首相の訪中は「氷を砕く」旅とも呼ばれ、中日関係が行き詰まりから脫することを意味した。
2007年4月、溫家寶総理が日本を訪問。「氷を溶かす」旅とも呼ばれたこの訪問で、中日関係は新たなスタートを切り開いた。
2007年12月27日から30日にかけて、日本の福田康夫首相が中國(guó)を訪問。中日両國(guó)の指導(dǎo)者は、中日関係及び雙方が共に関心を寄せる國(guó)際?地域問題について突っ込んだ意見交換を行った。福田首相の「迎春の旅」は中日関係の改善と発展に非常に大きな意義があった。
2008年5月6日、胡錦濤國(guó)家主席が日本を訪問。中國(guó)の國(guó)家元首の10年ぶりの訪日となった。
2011年、中國(guó)の溫家寶総理の招きに応じ、日本の野田佳彥首相が12月25日から26日にかけて中國(guó)を訪問した。これは、2011年8月に首相に就任して以來、野田氏の初の訪中であり、民主黨が與黨になって初めての日本首相の訪中でもあった。
「中國(guó)網(wǎng)日本語版(チャイナネット)」2012年4月13日