地震、津波、放射能漏れ。これらの敏感な単語は、今も日本人の心を傷つけるだけでなく、日本に働きに行く外國の人たちを不安にさせている。出発前、記者の心には1つの大きな疑問があった。このような恐ろしい天災の後も日本人が「2011年FIBAアジア女子バスケットボール選手権」の開催をあきらめなかったのはなぜか。記者が日本に著いてから、この疑問は無事解決された。
◇バスケ女子アジア選手権を斷固あきらめなかった日本人
東日本大震災の発生後、安全面を考えて、日本は國內で予定していた國際大會を一部とりやめ、8月下旬に開幕するバスケ女子アジア選手権の參加國およびFIBAアジアも不安を募らせていた。また中國バスケットボール協會の役員は、日本が開催斷念を決定すれば、中國は開催引き受けを検討するとの考えも示していた。さらに、韓國バスケットボール連盟もFIBAアジアに同様の意向を示した。
ところが、ねばり強い日本人に開催を斷念する考えはなく、女子代表チームは引き続き大阪で大會に向けて準備を整え、日本バスケットボール協會も長崎で段取りをふんで各準備を行い、すべてが予定通り進められた。
日本人の仕事に対する慎重な態度もまた、FIBAアジアの大會準備に対する懸念を取り除いた。FIBAアジアの役員は「2011年FIBAアジア男子バスケットボール選手権」の準備作業を視察した際、日本で開催するバスケ女子アジア選手権の準備について心配していないと話した。
◇自分のせいでアジア全體に迷惑をかけてはいけない