また9月18日を迎えた。
1931年のこの日が中華民族の國恥の日だったことを中國人は永遠に忘れない。日本の関東軍が9?18事変(日本名?満州事変)を起こし、中國東北軍の駐屯地と瀋陽城に攻め込み、中國侵略戦爭が始まった。9?18事変は中國人にとって抗日戦爭の出発點でもある。中國人は心を一つに団結し、皆で一致して敵を恨み、國難に立ち向かい、ついには輝かしい勝利を収め、世界の反ファシスト戦爭のために消すことのできない歴史的貢獻をした。
瀋陽で、南京で、多くの町や村で警報が大空に甲高く鳴り響き、誓いの言葉が再び膨大な數の人々の中華振興の意志と気概を伝える。これは神聖な供養であり、世界各國から尊敬を得るべき聖典でもある。
「中國が前に進むには國恥の苦い記憶を捨てるべき」、「愛國主義教育は中國の世界観を捻じ曲げる」といった中傷ともとれる聲が米ウォール?ストリート?ジャーナルや英フィナンシャル?タイムズにみられ、そうした報道には、中國は屈辱史の宣伝をするのではなく、歴史宣伝の角度を変え、時代の潮流についていくべきだという含みがある。
なんと荒唐無稽な理論だろう!なんと嫌気のさす教師面だろう!
歴史は客観的に存在する、最高の教科書だ。エンゲルスの言葉で言うなら「歴史は我々のすべて」なのだ。歴史の記憶がない民族には前途はない。歴史を忘れることは裏切りを意味する。中國人は歴史を銘記するのは歴史の苦難を振り返って失望のため息をつくためではなく、歴史から民族の精神、民族魂を培い、中國社會の発展の法則を認識?把握し、前進を続ける人々の自信と勇気を鼓舞するためだ。
落後すればひどい目に遭う。これは中國人が近代以降、何度も外から侵略された悲慘な経験から學んだ教訓だ。中國が列強の侵略をいやというほど受けたのは、當時國は貧しさと弱さにあえぎ、ばらばらで団結していなかったからだ。
9?18事変から82年が経った。今日の中國は経済発展、社會安定、近代化建設事業など世界が目を見張る大きな成就を成し遂げた。今世界でどの國、どの民族が自信があるかといえば、中華人民共和國、中華民族が最も自信をもつ理由があるといえるだろう。中華民族が侮辱を受ける時代は永遠に過去のものとなった。どの國も中國が自らの核心利益で取引し、中國が自らの主権、安全、発展の利益を損なう苦渋を飲むと期待しないほうがいい。