麗澤大學(xué)特任教授 三潴 正道
「日本史と范蠡とどういう関係があるの?」
「後醍醐天皇って知ってる?」
「えーっと、“建武の中興”だよね」
「じゃあ、児島高徳(こじまたかのり)は?」
「聞いたことないね」
「お父さんが小さい頃、ひいおじいちゃんがよく話してくれたんだって」
「へー、そんな昔じゃあ知るわけないよね」
「戦前の日本の教育を受けていないとチンプンカンプンかも」
「で、その児島高徳がどうしたの?」
「後醍醐天皇が隠岐に流されるとき、寢所に忍び込んだの」
「救出作戦開(kāi)始ってわけだ!」
「そうじゃないのよ。庭にあった桜の幹を削って字を書いた」
「メッセージを殘したんだね」
「そう、『天勾踐(こうせん)を空しゅうするなかれ、時(shí)に范蠡に無(wú)きにしもあらず』」
「よく覚えているね!」
「お父さん、何か困ったことがあると口癖のように言うんだもん」
「なるほど、アッそうか、そう言う意味なんだ!」
「えっ、もう分かったの?」
「バカにするなよ、僕は中國(guó)人だぜ。字を見(jiàn)りゃわかるさ」
「ホントに?」
「うん、勾踐は越の王様、呉に攻められて窮地に立った時(shí)、范蠡が救ったんだ」
「その通りよ」
「児島高徳は後醍醐天皇に、自分たちがいるから気を落とさないで、って慰めたんだ」
「すごい!あなたって思ったより賢いのね。見(jiàn)直しちゃった!」
「思ったより、ってなんだよ。でも、中國(guó)の故事が使われているのは感激だね」
「ところで、呉越の話と西施と何の関係があるの?」
「そこそこ、そこだよ。范蠡は西施で勾踐を救ったんだ」
「西施で勾踐を救った?」
「うん、絶世の美女だった西施を呉王に贈(zèng)って命乞いをしたんだ」
「呉王は美女に目が眩んで勾踐を殺さなかった」
「そう、その結(jié)果、後に勾踐の滅ぼされてしまった」
「西施は人身御供だったのね。なんか、中國(guó)の美女ってみんな歴史の犠牲者ばかりね」
「悲劇が美女を一層忘れ難い存在にするんだよ」
「そうね。日本で言えば、戦國(guó)時(shí)代のお市の方だわ」
「中國(guó)網(wǎng)日本語(yǔ)版(チャイナネット)」2018年10月11日
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