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日本観察記 中國人エンジニア、林さんの失業(yè) |
発信時間: 2009-12-21 | チャイナネット |
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文=薩蘇 林さんは、私の知人の機(jī)械エンジニアである。腕があり、人柄もよく、仕事は真面目である。日本の加工會社に勤務(wù)して半年後になる先月、私を訪ねてきた。表情はとても憂鬱そうで、なんと、失業(yè)したという。 話を聞いてみると、それは泣くに泣けず、笑うに笑えないものだった。 林さんの災(zāi)難は、余計なお節(jié)介を焼いたことから起きた。彼は作業(yè)場で、通りがかりに日本の労働者がアルミ板をカットしているのを見かけた。そのやり方は、アルミ板の上に一列の丸い穴をあけ、穴を一つあけては、丸いアルミ片をとり、この円狀の素材をプレスして部品に仕上げるというものだった。日本人たちは方形のアルミ板を穴四つ分に十分な幅と見て、4つだけ穴を開け、殘ったアルミ板を捨てていた。林さんはそれを眺め、問題だと思った。なんて、もったいないことをする、と林さんは言った。こんなに幅があるのだから、穴を斜めにずらして開ければ、5つ開けられるではないか? まったくのところ、それは、中國人のエンジニアでなく、中國人なら誰でも、一目みて分かるような事柄だったが、日本人はなんとそれを20年も続けていたのだ。 日本人の労働者は、はっとして、林さん、あんたは凄い!と言った。 林さんは、あまり気にもかけず、作業(yè)規(guī)定に関して流れをどうするべきか、技術(shù)工程をどう変えるか、さらに意見書を書いて提出した。驚いたことに、しばらくすると作業(yè)場の主任がやってきて、林さんは生産の秩序を亂した、と言った。 林さんは、不快になった──自分は材料を節(jié)約したのに、生産秩序を亂したとは? 日本人の主任は、君は生産の秩序を破壊した、我々は一枚の板に4つの穴を開けてきて、それは20年になる。もし5つの穴を開けることにしたら昔と違ってしまうではないか、と言う。 林さんは、それでも節(jié)約ができ、しかも何も面倒なことはない、と納得しなかった。 日本人の社長は、丁重な物腰で、みんなが4つ穴を開けているのに、なぜ君だけが5つ開けようとするんだ?勝手気ままに変えるのは、會社にとって決してよくない、と言う。 林さんは怒った。もし、今までのやり方がいいというなら、その理由を言ってみてください。一體何がいいのでしょうか? 社長が言うには、我々はこうして20年やってきたんだ、理由など考える必要はない???。 まったく、日本人はなんと忍耐強(qiáng)く、上下関係を重んずるものなのだろう。 この出來事から、中國人エンジニアと日本人の思考様式の明らかな違いを見て取ることができる。中國人エンジニアはアイデア豊かであり、四角四面な考え方を超越する。しかし、日本人は、ルールに従って物事を行い、それをよく守り、臨機(jī)応変さに欠ける。いったいなぜなのだろうか?これは中國の教育が優(yōu)れているというよりは、卒業(yè)後の競爭の激しさによる。頭角を現(xiàn)す者は、みな社會の荒波に揉まれており、生き殘った時には、少なくても大膽かつ細(xì)心になっている。また、ずっと貧しい環(huán)境下にあった中國人エンジニアは、原始的な方法で問題を解決する習(xí)慣を持っている。 また、日本人エンジニアは、社長をまるで祖先のように崇め、決して侵害しようとはしないが、中國人エンジニアは、爭うべき點については、あいまいにしない。なぜかといえば、長い間、中國人エンジニアは、事情に通じていない指導(dǎo)者を受け入れざるを得ない狀況にあったからである。 中國人エンジニアが大膽不敵というのではなく、素人の指導(dǎo)下で、もし技術(shù)上の問題で爭わなければ、ビルや住宅が倒壊、という非常事態(tài)が起きてしまう。技術(shù)者としての責(zé)任感によって、中國人エンジニアと上役との喧嘩は日常茶飯事となった。中國人の指導(dǎo)者たちは、こうした數(shù)十年にわたる修行を経て、多くの場合において「指導(dǎo)はできるが、技術(shù)は分からない。工程については諸賢に頼む」という態(tài)度を身につけている。不幸なことに、國外ではすべての會社にこのような指導(dǎo)者がいるとは限らない。アメリカの會社は比較的、中國に似ているが、林さんの在籍した日本の厳しい等級制度においては、彼の“犯した”行動は受け入れ難いものである。 當(dāng)然ながら、これは絶対に優(yōu)れた點とも言い難い。中國人エンジニアは、規(guī)律正しさのもたらす影響を受けず、あまり重要そうにみえないルールを往々にして軽視する。例えば、日本人エンジニアは、プロジェクトの完成後、完璧に整理された技術(shù)上の資料を提供できるが、中國人エンジニアはこの方面は少々劣る。上から指示された仕事は、日本人エンジニアは問題があると思っても真剣に取り組むが、中國人エンジニアは、意思疎通がうまくいっていないと、消極的なストライキをしたり、取り組まないことさえある。私の見方では、計算、計畫ができる事柄に際して、日本人エンジニアは優(yōu)秀であり、予想外の、計畫不可能な事柄に際しては、中國人エンジニアは天下一、といえるだろう。 「人民中國インターネット版」 2009年12月21日 |
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