文=コラムニスト?陳言
福島県東部を車で見て回った。海岸から十數キロメートルの內陸部では、通行人や車の姿がほとんどない。富岡町に入ると、古い家並みが見えてきたが、住んでいる人は誰もいない。
ここはすでにゴーストタウンと化している。ここから100キロメートル離れた會津若松市の體育館や展覧館では、移住を余儀なくされた富岡町民たちが段ボールで作った壁で自分のスペースを確保しながら避難生活を送っている。
さらに東へと向かう。富岡町を出て海方面に向かったが、道中、文字通り、人っ子一人いなかった。走行している車も、道を歩いている人もまったく見ることがなかったのである。海から吹いてくる風が心地よい。目をやると海沿いに建つ原子力発電所が威風堂々とした佇まいを見せていた。だが、ここでは、動いているのは風だけだ。あとは息が詰まるほどの靜寂があたりを埋め盡くしていた。
「脫原発依存」の是非を爭點にした官僚たちの対立で、今、日本中が揺れている。菅直人首相が「原発依存からの脫卻を目指す」と言い切り、「脫原発路線」を表明したものの、その舌の根も乾かぬうちに「個人的な願望であって內閣方針ではない」との釈明がされ、その場當たり的な言動に批判が噴出している。
筆者が知る限り、日本の一般國民の中に原発推進派はいないが、官僚、特に原発設置許可を下す経済産業省では、誰一人として、國民の聲である「脫原発依存」を掲げる者はいない。なぜなら、電力不足の日本から原発をなくせば、日本経済を支える電力の供給ができなくなるからだ。経済産業省の官僚らは「脫原発依存」を公に支持するわけにはいかない。このように、原発問題を爭點として、日本では「容認派」と「反対派」が激しい火花を散らしている。
◇ドイツ「脫原発」議論、10時間生放送