今年2月末、日本の民間調査委員會が発表した福島第1原発事故に関する400ページにもおよぶ獨立調査報告書は、災害発生時に首相官邸の対応は混亂し、役割分擔が明確でなく、効果的な役割を発揮できなかったばかりか、逆に救援の妨げになったと指摘。菅直人首相が原発からの全員撤退を阻止した內情も暴露している。
枝野幸男経済産業相は8日、原発事故対応時に政府內で情報伝達がスムーズにいかなかったことが、事故処理過程に影響を與えたことを認めた。9日に日本政府の公表した「原子力災害対策本部」の議事録は、地震発生當日の夜に開かれた福島第1原発事故に関する初會議で、原子爐の冷卻機能が喪失してメルトダウン(爐心溶融)に至る可能性があることがすでに指摘されていたことを明らかにしている。政府が広範囲で住民を避難させなければならない最悪の狀況を考慮しながらも、情報を十分に公開しなかったことを改めて裏付けるものだ。
日本にとって原子力はかつて唯一の活路だった。だが今やこの「両刃の剣」は、國全體に痛みの中、深い再考を迫っている。その影響は遙か海を越えて歐州にまで及び、原子力大國ドイツも原発と決別するにいたった。
だが日本が原発と完全に決別し、爭いに明け暮れていた政界が一致団結し、具體的な政治?経済変革に著手する可能性は極めてわずかだ。政治の混亂からようやく抜け出したのは退陣した菅直人氏だけだ。彼は苦行僧のいでたちで巡禮の旅に出、一般の民衆と共に「再生元年」の中、1人寂しく歩んでいる。
「人民網日本語版」2012年3月13日