日本の鈴木俊一財(cái)務(wù)大臣はこのほど、日本の財(cái)政健全性に「かつてない」悪化が見られると警告した。一部の日本メディアはさらに、日本のGDPが年內(nèi)にドイツに抜かれ世界4位に転落すると予想した。厳しい経済狀況に直面しながら、日本政府には方向を見失う深刻な問題が生じている。
日本の國會で昨年5月、いわゆる「経済安全保障推進(jìn)法」が成立した。これは「経済安全カード」を切り、國家経済安全保障を看板とし、経済運(yùn)行に政府が干渉するための扉を開いた。日本政府は昨年12月16日、いわゆる新安保3文書を閣議決定した。
「吉田ドクトリン」は戦後の日本経済の成功?臺頭の鍵で、さらに平和主義は日本に國際的な名聲をもたらした。吉田ドクトリンは戦後初期に吉田茂首相が確立した日本の國家戦略で、軍事的手段ではなく経済中心主義、軽武裝、日米安保の3大支柱により國の繁栄を目指した。米國は朝鮮戦爭を前にし日本の再武裝を試み、30萬人規(guī)模の陸軍を作るよう求めた。吉田は「平和憲法」を理由に自衛(wèi)隊(duì)の創(chuàng)設(shè)にのみ応じ、「専守防衛(wèi)」の防衛(wèi)戦略を確立した。その弟子である池田勇人は首相在任中に吉田ドクトリンを継承し、基礎(chǔ)をさらに固めることで、これを日本が長期的に堅(jiān)持する國家戦略の中核とした。
「中國網(wǎng)日本語版(チャイナネット)」2023年1月30日