麗澤大學特任教授 三潴 正道
「神農氏って、“農”がついているから、農業に関係あるのよね」
「そう、だから牛の角が生えているんだ」
「中國人は昔から牛を使っていたのね」
「そうだよ。だから、以前は農村に行くとよく“牛王廟”っていうのがあった」
「牛の神様を祭っているんだ」
「その通り」
「そう言えば“ごずめず”って知ってる?」
「“ごずめず”?聞いたことないな。何それ?」
「“牛頭馬頭”、って書くの。地獄の獄卒。中國の人、知らないのかしら」
「わかった。それ中國では“牛頭馬面”って言うんだ」
「中國にもあったのね」
「あれはさ、仏教からきてるんだよ。そう、インド伝來」
「そうなんだ。じゃあ、神農さんとは関係ないのね」
「地獄は仏教の考え方だからね。仏教伝來はずっと後だもん」
「神農氏の部族のトーテムは牛だったのかもね。それで草をもぐもぐ」
「いや、あれはちょっと意味が違うんだ」
「えっ、だってウシさんなんだから」
「君の先生の家、漢方醫で何でウシさんの掛け軸があったの?」
「そうか…。農家じゃないのにね」
「実は、神農氏は醫學の神様でもあるんだ」
「アッ、そうなの!」
「漢方ってさ、薬の原料、何を使う?」
「いろいろの植物、それから鉱物も使うわ」
「その通り!でもいろんな植物の効能って誰が教えてくれたんだろう?」
「それは長年積み重ねた経験で分かったんでしょ?」
「事実はそうだろうけどね、それを伝説化して、神農氏が教えてくれたことにしたんだ」
「ふーん、それで、醫學の神様でもあるのね」
「お茶の水に江戸時代の學問所だった湯島聖堂があるの知ってる?」
「聞いたことあるけど。あなた行ったことあるの?」
「そりゃ、日本史専攻だもの、行ったさ」
「それで?」
「その建物の後ろに神農壇があるよ。今は入れないかも」
「そこの神農さん、やっぱり草食べてるの?」
「いや、素樸に稲穂を持っていたよ。本來の農業の神様のスタイルだね」
「中國網日本語版(チャイナネット)」2018年6月14日